• 2011.12.19
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マラソン完走!

昨日宣言通り、フルマラソンを完走した。
以下は、私のセカンドブログ「42.195㎞への道」より。
このブログの最終日。
ついに挑戦の日は訪れた。
木曜日に整形外科へ行って、膝の注射を打つ。
保険のために左ひざにも初めて打った。
ところが、打ったあとが痛い。
針が通った跡かな、関節を曲げると痛む。
前日の土曜日、映画観賞会。
昼間の伊奈波では背筋がぞくぞく・・・悪寒がする、まずいぞ。
夜の長良川スポーツプラザでは、完全に熱が出る。
夜中、汗びっしょりになって2回シャツを着替える。
腹痛と頭痛でうとうとしては目が覚める。
8時に布団から出て、シャワーを浴びてみる。
頭痛薬を飲む。
そしてバナナを一本。
9時半ごろ頭痛薬が効き始めたのか頭痛から解放。
10時ごろには腹痛もおさまってきた。
シューズは今日はジャストサイズの24.5のNB967。
しかし念のため、25.0のNB760(ハーフに使用)も持っていく。
10時35分、家を出る。
高橋尚子ロードにつくと、高2のM君とお母さん。
そして同じく高2のK君。
11時14秒、僕の最終挑戦は始まった。
そして今回、ハーフに続き中3の I 君のお母さんが
伴走を買って出てくれた。
金華橋を過ぎたあたりで、印刷でお世話に合っているSさん。
「頑張ってください!」とすれ違う。
いつの間にか高2の I 君が伴走者に。
そして小5のSさんとお母さんが応援にきてくれている。
快調にピッチを刻む。
17キロ過ぎから、徐々に右足の薬指と中指が痛み始める。
20キロ 2時間9分21秒。
絶対に5時間は切れるだろう。
いや4時間半も夢ではない。
25キロで指の痛みのためシューズを交換。
この辺ではもう足が・・・全体がつりそうになる。
つりそうになっては、なんとか走っているとおさまっていた。
右足の指は、一歩一歩確実に痛みを刻む。
32.5キロ付近、両ふくらはぎ上部がついにいっぺんにつった。
金華橋西側の芝生の上にもんどりうって転がる。
伴走してくれていた、K君と I さんに足を押してもらう。
このあと何度もふくらはぎがつり、そのたびに伸ばす。
35キロすぎに、中3のH・Y・M君の3人が
金華橋あたりから伴走してくれる。
このころ、しびれからか右足指の痛みを感じなくなる。
しかし、足がつっては何度も止まる。
高2のM君が「塾長ファイト!」と声をかけてくれるが
それに元気に応えるだけの気力ががない。
35キロの折り返し手前、「あと7キロで走らなくても済むんだ。」
そんなことが頭に浮かんだ。
走っているのか、歩いているのか・・・わからないくらいの速度。
涙が流れた。
痛みのせいなのか何なのかわからない。
ゴールが何とも遠く感じる。
頭の中で言葉が浮かんだ。
「ゴールは逃げない。
 その一歩を踏み出せば
 必ずゴールにたどり着ける」
最後の折り返し、あと2.195キロ。
木曜日に事務長とメジャーを持って測りに来て
赤い星印を付けたところ。
あそこまで、あそこまで、あそこまで。
もうすぐだ、もうすぐだ、もうすぐだ。
しかし、このわずか2.195キロが果てしなく遠い。
足の裏は何か金属が井桁に組まれたような上を
走っているかのような感じ。
ふくらはぎなら何とかなるが、太ももがつると
もう終わりだと思っていた。
なんとか太ももよもってくれ!
最後の気力を振り絞って走った。
そしてゴール。
タイム 5時間30分52秒
涙があふれてきた。
皆が待つほうの逆、川のほうへ向いて歩いた。
泣いているのを見られたくなかったから。
なんで嗚咽が漏れてくるのか・・・。
そして皆と握手をして、帰宅の途に就いた。
応援に来て下さったり、応援メールや電話を下さったり、
心の中で応援してくれた皆さん本当にありがとう。
そしてずっと隣で励まし続けてくれた中3の I 君のお母さん
感謝、感謝、感謝です。
皆さんのおかげで、完走することができました。
このブログは今日を持って終了です。
いままで読んでくれた皆さん、本当にありがとうございました。
マラソン完走.wmv
追伸
30キロを過ぎて痛くて辛くて、本音を言うと
「もう2度と走りたくない!」と思っていました。
でも後半の失速で5時間を切れなかったことが悔しくて、
帰宅後、風呂の中でふと気づくと
4時間半で走るためにはどうすればいいのかを考えていました。
「あれ?僕はまだ走るつもりなんだ・・・。(笑)」
マラソンの翌朝
以上です。

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