• 2013.8.24
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宇多田ヒカルのお母さん

藤圭子が自殺?といニュースを見た。

藤といっても、今の若い人にはわかるまい。

宇多田ヒカル母親で演歌歌手。

演歌歌手の中で私のお気に入りは藤、

時代が飛んで坂本冬美、石川さゆり。

私が小学生の頃、えらくどすの聞いた声で

暗い歌を歌う女性だな~と思っていた。

しかし、歌は文句なくうまい。

五木寛之氏が彼女の歌を聞いて

「怨歌」と名づけたというエピソードがある。

何でも文豪、川端康成氏は当時彼女面倒を見てを可愛がっていた

海老名香葉子氏(林家三平の奥さん)を通じて、

彼女に会いたいと申し出、会う日が決まっていたとか。

その2日前に、川端康成氏は自殺をし、会うことはなかった。

さて、私は彼女の暗い歌がけっこう好きだった。

一番のお気に入りがこれ。

京都から博多まで

15年前宇多田ヒカルの「automatic」を

初めて聞いた雨の午後、これが15,6の女の子の歌か?

すごい、絶対売れると思った。

宇多田ヒカル – Automatic

そして数日後、藤圭子の娘だと知り「なるほど」と納得。

自殺・・・この原因は「鬱」によるものも多いと聞く。

「重要感」・・・これが欠けている。

自己重要感でも、他者からの重要感でも、「必要」だという思い。

重要感・・・その存在そのものを承認する。

「あなたはその存在だけでいい。いるだけでいい」

かつて、人は生まれるときには

親から絶対的な重要感をもらっていたはずなのだ。

五体満足に生まれくれたらそれでいい。

ところが、成長するにつれ他者と比較される。

言葉を発する時期、歩けるようになった時期などなど。

そして小学校に上がり「成績」というものがつけられるようになると

存在そのものではなく、評価というものが前面に出てくるようになる。

できないあなたは親にとって低い評価になりがち。

できるあなたは高い評価。

生まれてきた時となんら中身は変わっていないのに。

すべてが他者との比較。

その存在自体を認めていれば、子供は安心感の中で

伸び伸びとその能力を伸ばしていける。

他者との比較の中で、評価され続けてきた子供は

萎縮してその能力を発揮できない。

つねに大人の顔色を見て育つ。

できない自分は評価されないのだから、そこには重要感はない。

存在・・・それ自体を認める言葉、心、気持

それが伝われば、自殺の多くはなくなるのではないかと思う。

なんか話は脇道にそれたようだが

          合掌

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