• 2008.5.7
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帰省2日目

昨日の朝は6時過ぎに目が覚めた。快晴。
帰省してすぐに姉二人と母の実家のお墓参りに行き、
昨日は朝一番から「山田」のお墓参り。
 
戒名板というのだろうか、初めて裏まで見てみると、
初代の茂右衛門じいちゃんは宝暦6年(1756年)没。
ちなみに今回のお祝いの主である甥の長男は11代目である。
 墓参り.JPG
ということは、私のご先祖様は1600年代に
この村に移り住んできたらしい。
私の実家のすぐ近くに「すずかたさま」という祠がある。
今回初めてその呼び名の由来を知った。
この地区のおこりは、壇ノ浦の合戦のあと、
平家の落人が住みついたのが始まりとか。(真実はわからない)
「鈴」のお方という平氏のお姫様だったらしい人を
祀っているので「鈴方様」というらしい。
すると村ができて400数十年後にどこからともなくふらりと
ご先祖様はやってきたんだろううな?
5月に実家にいるなんて、高校時代以来だと思う。
何十年ぶりかで、ミカンの花を見た。
 帰省14.JPG
畑一面ミカンの花で、どんぐりの花のにおいに
半分シトラス系の香りを足したようなかんじかな。
 帰省15.JPG
    私がもたれているのが、畑の中に甥が立てた鯉のぼりの木柱
    今風のアルミポールではなく「木」というのが田舎らしくてよい

畑でミカンの花を見た後、ふらふらと歩いて帰る途中のスナップ。
 帰省17.JPG
畑の脇にビワの実がなっていた。
あと一月もしないうちに黄色く色づくのだろう。
小学校6年生の6月、友人と二人で朝からカブトムシをとりに山へ登った。
山頂まで、毎年カブトムシを取りに行くときのコースをたどる。
しかし、時期的に早すぎて一匹もいなかった。
帰りに一本の実がたわわになったビワの木を発見。
腹がすいていたのと、一匹も取れなかった腹いせに
二人でそのビワの木に登り食べることにした。
2時間ほどかかって、ゲップゲップいいながら
一本の木のビワの実を全部食い尽くしてしまった。
その木の持ち主の方、この地区のどなたか分からないけど
30数年前の事、本当にごめんなさい。
帰省18.JPG
親戚の畑にレモンがなっていた。花がピンクだとは知らなかった。
帰省ブロ.JPG
家の近くの「すずかたさま」の桜の木に、季節はずれの花が。
帰省19.JPG
桜の木の前には、誰が植えたわけでもなく、咲いている花。
カラスノエンドウが巻きついている。
帰省ねぎ.JPG
 横の畑にネギボウズ。後ろにはパセリ。
帰省ブロ.JPG
ミツバチがとまっているこの花がわかる人は少ないだろうな。
余談ではあるが、うちの3歳の次男は「ハチ」のことを
「ハチが飛ぶ」と覚えてしまって何回教えても直らない。
「ブンブンブン蜂が飛ぶ、ブンブンブン蜂が飛ぶ、お池の周りに・・・」
を歌っていたら、いつのまにか「蜂が飛ぶ」という言葉自体が「ハチ」になったらしい。
ミツバチでも足長バチでもハチを見つけると「あ、ハチガトブがおる」・・・。
さて、正解は・・・ブロッコリーの花。
家に帰ると庭の手前の松の木に山鳩のつがいが。
帰省はと.JPG
この写真は望遠で撮ったものではない。1mくらいの距離で撮ったもの。
私が近づいても逃げない。なんとこの後巣作りを始めた。
う~む、何とも不思議な山鳩だ。
高さ2m弱の周りから見るとスカスカの松の木なのだが、
その奥には3mくらいの葉が多く茂った木があるんだけど・・・。
右下に写っている黄緑色の物体は、母がかけている物干し竿の端っこ。
いかに山田家の人間が至近距離を歩いているかお分かりになるだろう。
よくこんな所で巣作りをするもんだな。
鳩たち、山田家の人々を人畜無害って思ってるってか?
午後から海へ行った。昨夏は山からの写真を撮ったので今回は海から。
.
16時半のアンパンマン列車で帰途に就く。
ここで一つ失敗。
帰りの岡山―名古屋の新幹線の指定席が、禁煙席は満席でとれず、
ま~1時間半くらいならいいだろうと喫煙席を取ったのだ・・・。
喫煙車に入ったとたん、タバコの匂いがすさまじい。
考えてみれば、喫煙者ばかりをを集めているのだから当たり前。
娘と事務長は匂いに耐えられなくて鼻をハンカチをでおおった。
「まるでガス室だな」と私はつぶやいた。
次女は「もういや!」と10分も持たない。
私は禁煙車の指定席の空き状況を見に行った。
車掌さんがいたので事情を説明すると
新神戸でも、新大阪でも空いた席があれば座ってもOK。
新神戸まで通路で待って、空いた席に座った。
かく言う私も18歳のときから、15年間タバコを吸っていた。
長男が生まれたとき「もうタバコをやめたら!」と事務長に言われたが
どうしてもやめられず、換気扇の下で、また寒くない日は蛍族になった。
そして2年後の長女が生まれたのを機会にタバコをやめた。
タバコをやめて初めて周りの人たちに
今までどれだけ迷惑をかけていたのかが分かった。
特に食事のときに流れてくるタバコの煙なんて最悪である。
喫煙を始めた18歳のとき、東京在住だった下の姉が京都に遊びに来て
私と三十三間堂近くのパークホテルで食事をしていたときのことだった。
先に食べ終え、コーヒーが来るまでに一服と思ってタバコの箱を出すと、
喫煙者の最低限のマナーとして、食事中には絶対に吸ってはいけない、
吸わない人が周りに人がいるときには、許可を得て吸わないといけないと
姉にきつく釘を刺されたことを、今でも鮮明に覚えている。
食べ物の美味しさは、そのものの味もさることながら
匂いに大きく左右される。
だから、灰皿の置いてある飲食店は今ではめったに行かない。
飲み屋とか、喫茶店は仕方ないにしても、
店主が本気で美味しいものを食べさせる気があるなら、
全席禁煙にするか、喫煙席を設けるだろうと思うから。
タバコって最初から「これはうまい!」と思って吸う奴なんかいない。
咳き込みそうになるのを我慢しながら吸っているうちに、
だんだんと体がニコチンに犯されていくのだ。
そうなると、飲むと吸いたくなる、食事の後の一服なんて最高である。
私が初めてタバコにチャレンジしたのは年長さんのとき。
当時うちのジイさんは、キセルでキザミ煙草を吸っていた。
あまりに美味しそうに煙草を吸うので、ある日
「じいちゃん、じいちゃん、タバコ吸うて美味しいが?」
と聞くと、「うん、うまいぞ。」
ジイさんがいない隙に、私はもう1本のキセルにタバコをつめ
マッチで火をつけ、プープーと吹いてみた。
そう、吸う事を知らなかったから。当然うまくもなんともない。
翌日、ジイさんに「じいちゃん、じいちゃん、プープー吹いておいしいが?」
「ん?タバコは吸うものやがの」
私はまたジイさんがいない隙に、キセルにタバコをつめ火をつけ、
胸をワクワクさせて思いっきり吸い込んでみた。
もう最悪、しばらくの間、地獄の咳き込みが続き涙が出た。
大学に入って吸い始めたときも同様に、咳き込みを我慢して
カッコつけに吸い始めたのだ。
だから、今まで吸っている方は仕方がないにしても、
これからの若者には一切禁止にしてはいかがなものか?
現在の20歳以上にのみ許可するというわけだ。
すると年々喫煙者の数は間違いなく減り、80年後の
日本では喫煙者は天然記念物なみになるのにな。(笑)
帰省の話から最後は大きくそれたけど、
これで今回の話は終了。
これを読んでくれている、小・中・高校生諸君、
タバコは百害あって一利なし!

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