• 2006.9.2
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思い出に残る生徒Ⅱ

保護者説明会とか、生徒にも例で話をする、S中のMさん。
彼女は2年の秋、近所の一斉授業のK塾から移ってきた。
お母さんに連れられ初めての来塾時、お母さんが開口一番
「S中の2年の生徒は何人いますか?」
当時S中の生徒は男子生徒一人だった。                    I中一人、あとは全部N中。
「はは~、友達がいないと通塾出来ないタイプか」と思いきや
意外にも「よかったねM子」とお母さん。
なんでもK塾ではS中の生徒が多く、教師が板書している時に
隣に座った友人に話しかけられて困っていたらしい。
また、メモ用紙に書いた手紙が渡される。                    応えないのも無愛想だし、友人にわるい。
また信じられない話だが、授業中に後ろの方の席では
ゲームをやっている生徒もいたとか。                      それに気づいても先生は注意しない。
そういう環境がいやで、お母さんと同級生が少ない
個別指導の塾を探していたとか。
体験学習の後、週2日通塾で数学と、社会を選択した。

彼女はテニス部で頑張ってはいたものの、補欠だった。
テニスの練習で疲れてくるのか、授業中よく寝る子だった。
私はどうしても眠たい子は寝させる。
もう10年も前になるが、NHKの番組で、眠たいときの
対処の仕方を、科学的な見地から検証していた。
寝ずに仕事を続ける組、10分寝た後仕事をする組、             
30分以上寝た後仕事をする組に分けて、
それぞれ仕事の能率、出来を検証していた。
結果は10分寝た後仕事をする組が一番能率が良かった。
そして脳と睡眠の科学的な見地からの解説。
寝ないのはもちろん能率が悪く、寝すぎも同様。               一番良いのは10~15分間ぐっと寝て、仕事をすることだった。

だから私は、生徒が眠いのを我慢しているときは、
10分間の睡眠を許可している。
舟をこいだり、かぶりを振って睡魔と闘っている生徒には
逆に「10分間だけ、思い切って寝なさい」と言う。
しかし、起こした後はもちろん勉強してもらう。

彼女はうちの塾で、唯一いびきをかいた生徒なのだ。
まだ今のような個別ブースを設置する前、机は壁に向かって              
並べてあった。11番12番机だけは中央を向いていた。
だから当時、生徒は教室が全部見渡せた。
冬のとある日、私が中央の指導机で生徒に教えていると              
後ろで「くぉ~」と小さな音。
みんな一瞬「なんだ今のは?」と音のした方を向いた。
そこには(11番机)その日もMさんが寝ていた。
「まさか」と思っていると、今度は「グォ~!」
みんな大笑い。笑い声で目が覚めたMさん
なんかわけ分からず、にた~と笑って顔を上げた。
その口からよだれが「たら~っ」さらに大爆笑。

そんな彼女だったが、起きた後は洗面所に行き顔を洗って、
まだ眠たいときは、何度も行って一生懸命頑張っていた。
印象に残っているのは、実はこれから。

彼女は出来ないときの言い訳を一切しなかった。
うちの塾では、新しい単元に入ると、選択科目によらず
どの生徒も英単語テストを実施していた。
入塾して3月くらいはMさんは3回目くらいに合格していたが、
3年生に進級した頃には、毎回1発で合格するようになっていた。
5月だったと思う。

月曜日単語テストをすると半分も取れない。
おかしいと思い「どうした、何かあったか?」「いいえ、別に」
帰り間際にMさん「塾長、明日来ていい?」「どうした?」
「単語テストを受けに来たい」
普通は次の授業時に再テストをするのだが・・・。
翌日彼女は単語テストを受けにだけ来た。もちろん合格。
私は帰ろうとする彼女を引きとめ、わけを聞いてみた。
すると、彼女のおじいちゃんが亡くなって、土日に通夜、告別式
があって、単語テストのことをすっかり忘れていたらしい。
「○○があってできなかった」「××があって・・・」とできない
言い訳をする生徒が多い中、これは見事だった。
そして単語テストを忘れていた自分が許せなくて、               即勉強して、翌日の再テストを自分から申し出た。                               後にも先にも、翌日の再テストを自分で申し出て、               受けに来たのは、10年間で彼女一人である。

実はもう一つ。
私の塾のような少人数の塾では、年によって生徒の偏りがある。
この年の中3生は、なんと女子が彼女一人だったのだ。

夏期講習の話なのだが・・・。
休憩時間の10分間、男子生徒は友人と話をしている。
彼女は一人小説を読んでいるか勉強をしていた。
私は彼女に「今年は女子が一人で、ごめんな、ちょっと寂しいかな・・・」
その声に顔を上げた彼女、ニコッと笑みを浮かべて私に言った。
「塾長、気にせんでいいよ。私、遊びに来とるんやないから
これには彼女を気遣って言ったつもりの私が恥ずかしくなった。
夏期講習は、いや塾は何をするところなのか、答えは一つ。

彼女は2年の秋入塾当時、5科目で270点。
岐南工業高校志望で、デザインをやりたいと言っていた。
1年後の10月の第2回岐阜新聞テストでは400点を越えた。
期末テストは430点を超えた。
直後、お父さんの仕事の関係で、愛知県へ引っ越して行った。
年明けすぐに、彼女のお母さんから電話があった。
近くにあった大手のS学院へ通ったが、やっぱり個別指導が
いいというので、知っている塾があったら紹介して欲しいとのこと。
私の知り合いで、一番近いところが知立市の塾だった。
彼女の家からは電車で通塾しなくてはならない。                
その上、家から塾までは30分もかかる。
しかし、結局彼女は受験まで、私の友人の塾へ通った。

3月、お母さんからお礼の電話があった。
彼女がH市で一番難しい県立の進学校に合格したこと。
大学へ進学して、デザインを勉強することにしたこと。
そして彼女に電話を代わった。
「塾長、私頑張って受かった!塾長ありがとう!」

今でもこのときのMさんの声が忘れられない。

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