• 2013.12.1
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指導者の言葉

今朝は3年生の次男の野球の練習試合。

まずは3年生の試合。

いきなりレフトを守っていた次男の頭上へフライが。

あ~~~万歳、で2ベースヒットとなる。

その後もエラー、ヒット、四球で点を取られ続ける。

さて、ベンチからは大声で罵声が浴びせられる。

「なんでとれんのや!」

挙句の果てには

「バカヤロー」

私は仕事が入っていたので試合後半で抜ける。

そして戻ったときには4年生の試合の後半だった。

やはり、自陣ベンチからは罵声の嵐。

相手チームの体格の良いバッターから

火のl出るような当たりがサードへ。

それを何とかグラブに収めて、ファーストでアウトにする。

サードの審判は、相手チームの方だった。

うちの4年生のサードの子に

「よくとってアウトにしたな」

と声をかけてくれたのを私は見た。

サードの子はうれしそうにしていた。

相手チームの子を自然に褒める、その指導者の姿勢。

私はうれしくなった。

エラーしたくてエラーをするのではない。

三振したくて三振をするのではない。

指導者の言葉で、子ども達の成長は大きく変わる。

長男の時(小学校のスポ少)の上の学年の指導者も

試合で練習でミスをスいると罵声を浴びせた。

練習では技術的な指導もなく、エラーをすると

ただグランドを走らせる意味の無い練習を続けた。

一人のお母さんは、練習の帰りに私に

「山田さん、私は息子をマラソンクラブに入れた覚えは無いんですけどね」

と、まともな練習をしている下の学年の私達をうらやましげにに言ったことがある。

結果、素質のある子ども達が、負け続けるチームとなっていた。

野球が好きで、スポ少に入ったのに

いつしかいやになり、中学では半数が野球をやめた。

長男の学年は、全員がそのまま野球部に入った。

長男が6年生のとき、私はその問題のある指導者とぶつかった。

子どもちのためにならないとの思いからである。

ボランティアで指導してくれていることは重々承知である。

しかしあまりに目に余る指導(とはいえない)には、我慢できなかった。

なんだろう、忘れていた12年も前のことが蘇ってきたな。

子どもたちの能力を引き出すのが、指導者の務めである。

気分の悪い試合の中で、(3年0-14、4年0-16)

相手チームの指導者の言葉に、強さの秘密を見た気がした。

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