• 2006.8.22
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甲子園

今回の甲子園は、小泉総理じゃないけど
「感動した!」の一言に尽きる。

早実の斉藤投手の優勝の瞬間のガッツポーズなど
本当にカッコイイ!と思った。
サマプロ中で午後からは中3の授業をやっており、                    TVで見れなかったので、すべて夜のニュースで見たものだが、               ライブで見たかったな・・・。
今年は最後まで何が起きるかわからない試合が多かったかな。
帰りの車中で聞いていた「帝京-智弁和歌山」などもTVで見たかった。 四国の高速の中で、最も景色の変化がなく面白くない                    「徳島道」を走っていても、おかげで退屈しなかった。

さて決勝戦の引き分け再試合は、松山商-三沢以来である。
今から37年前の、私が小学校5年生のときのことである。
もちろん地元の松山商を応援していた。                   
15回、16回の1死満塁カウント、0-3の絶体絶命のピンチには
「だめだ、押し出しだ」、とドキドキして目をつむったものだった。      
2-3までいって、三沢の打者が打った打球を井上投手がはじいた
瞬間は万事休すと思った。ショートの樋野選手がバックアップし
本塁へ矢のような送球、間一髪アウト。
18回裏の三沢高校の攻撃で、2死1塁から盗塁を試み
見事キャッチャーの大森選手が刺した光景もはっきり覚えている。    本当に子供心にも、胸を締め付けられるような試合だった。

今でも覚えている当時の松山商のオーダー
1番 2 大森
2番 4 福永
3番 6 樋野
4番 5 谷岡
5番  
6番 1井上
7番 3 西本
8番 9  平岡                                    
9番 8 田中
 
レフトを守っていた5番打者の名前だけ思い出せない。
このとき覚えた松山商の校歌が、今でも歌える。
ちなみに7番の西本選手は、後に巨人、中日で活躍した
西本聖投手のお兄さんである。また彼らの長兄は甲子園で
準優勝(中京商に敗退)して、広島に入団している。
愛媛県で西本兄弟を知らない人はいない。(笑)
また、井上投手ともう一人、左の中村投手がいて、
予選では、ライトに中村投手が入り、打者一人ひとりに
投手を交代させると言う、当時では珍しい采配を
「一色(監督)マジック」と愛媛では言われていたものだ。

なぜ、今でも私の記憶に鮮明に残っているのか?
それはその試合に深く感動したから。
強く心を動かされたから。
何に心を動かされるのか?
もちろん死力を尽くして、18回を戦いあった事象(試合)についても
感動するが、そのバックグラウンドにあるものではないだろうか。
それは選手の想像を絶する練習(努力)が想像できるから。
その練習に裏打ちされた秀逸なプレーに、負けたら後がない                その必死で時に悲壮感さえ漂わせるプレーに心が動かされる。

翌年、6年生で修学旅行で松山に行き、県庁を見学した。
案内をしてくれた職員のおじさんの話が、最後の議会室では
それまでのまじめな?内容とは打って変わり松山商業の話に          なっ
た。今から思うと野球好きな人だったんだろうな。
優勝にまつわる裏話から、最後は井上投手物語。
彼は10球連続ストライクを取る練習をしていたそうだ。
とれないと投球練習は延々と続く。
初めはコントロールが悪く指のマメがつぶれて血が吹いたそうだ。                              それでも投げ続けたと言う。
帰宅後お母さんが、早く皮膚が硬くなるようにと、              
そこをマッサージしたそうだ。

それを真剣な顔で延々と僕らに話してくれた。
話をしているうちにおじさんのボルテージもだんだん上がり                 
なんだか浪曲師のような調子で
「投げるとマメが破れ血が出る、                                 それでも井上投手は投げる。                              家に帰るとお母さんが必死にさする。
練習で投げるとまたマメが破ける、                           血がついたボールを投げ込む。
それでも帰宅後、母はまたさする。                        練習で破けたマメが硬くなった上に、またマメができ・・・」               てな具合の迷調子。
私のクラスメイトの頭に残った事は、それまで説明してもらった                  
「県庁とはこういうところで、こういう仕事をしている」                なんか吹き飛んで、井上投手物語一色になったんじゃないかと思う。

斉藤投手のあの甲子園でのマウンドでのガッツポーズは、
数千人の高校球児の投手の中で、一人にだけ許されたものだ。
球神はこの夏、彼にその資格を与えた。

あのガッツポーズにカッコよさだけではなく、                  美しさえ感じたのは、私だけではないと思う。



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