認める教育

ごきげんようo(^_^)oにしのです。
四月になりましたね。
学校が変わった人、はたまた住む場所が変わった人、学年があがった人、など色々だと思います。
私は岐阜薬科大学5年生になりました(=^ェ^=)
皆様はいかがお過ごしでしょうか?☆
さて、最近、教育について考える機会がありました。
その中で、「褒める教育」についての話もありました。
今って、「競争はやめよう、かけっこに順番をつけるのはやめよう。」「子どもには絶対手を出してはいけない、体罰は犯罪だ」
という風潮があったりして。
「子どもはとにかく褒めよう!」という方針も一般的になってきている。
うん、確かに学志舎で4年間見ていても、「褒め」パワーって素晴らしい。
特に小学生。
まだまだ手垢のつかない?素直な小学生だから、大人のちょっとした一言って、本当に大きい。
そんな中で、褒められたなら、「僕はできる!」という良い思い込みが潜在意識にボーンって入り込むんでしょうね!
しかし、本当にホントーにほんと〜に勝ち続け、周りに肯定され・・と褒められ続けて育った子は一生「誰かに」褒められる為に行動をしてしまう、場合があるみたい、という話を聞きました。
叱られることや誰かに否定されること、負けることを知らない子どもたち。(私もそうだっとので、よく分かります。汗)
誰か(多くの場合は親や先生ですね)に褒められるためだけに、子どもが勉強やスポーツを頑張る。勝ち続けることを求める。一番であろうとする。
そして、誰かに「褒められないと予想されるもの」のことは、自然と挑戦しなくなる。
叱られることが無性に恐ろしく感じてしまったり。
そして、何より、ずーっと「誰か」の評価を気にしたまんま、生きてしまう。たとえ大人になったとしても。
そして、どんどん自分が小さくなってしまって、ココロの病気になってしまったり、逆にグレて全く違う方法で注目を浴びようとしてしまったり。
そんな子どもがそのまんま大きくなった青少年が増えているそうです。
まぁ、程度の差はあれ、誰しもあるものなのかと思いますが。
私自身もそうでした。
知らず知らずに「大人が望むような子ども」を、子供ながらに演じている自分が、小学校の頃の自分にはありました。
そんな、「演じている自分」がものすごく嫌だった頃もあったなぁ。
怒られた日は、自分の全人格を否定されるかのような衝撃を感じてしまった時もありましたねえ…
何を言いたかったのかというと。
私が思うに、「褒める」という行為は素晴らしいものなのですが、使い捨てカイロみたいな一面があると感じます。
その場限りではあったかくて癒されるんだけど、冷えた体の芯まであたためてくれるような作用はあんまりないんじゃないかな、なんて考えています。
「褒める」ことよりも大切なのは、その子を「認める」ことではないかと思います。
「認める」ことには理由は必要ないです。そのまんまをジャッジせずに受け入れるだけです。
宿題をやってこなかった、悪いことをした、こんな事をしている子を「褒める」ことは難しいかもしれません。
けれど、「認める」ことはできます。
そっかぁ、宿題できなかったんだね、どうしてもそれがしたかったんだね。
まずは、褒める前、怒る前に認めてあげる。あるがままを。
そういう風にどんな自分でも認められて育って来た子って強いなぁ、と周りを見ていて私は感じます。
認められると、大きくなります。
「自分が自分である」ことが誇りに思えたり、自分の思うことを本当に大切にできたり、NO!をハッキリ言うことができたり。
多分、認めることは、体を芯からあたためてくれるインナーマッスルを鍛えるようなものだと私は考えています。
これなら、使い捨てカイロに頼らなくてもあたたかいですね^ ^
ちなみに、認めることと甘やかすことは違います。
認めているから、きびしくすることもあるし、叱ることだって大いにあると思います。
もちろん、相手を認めた上での褒める行為は本当に嬉しいものだとおもいます!
まぁ、子どもも産んだこともない私(笑)もしかすると、ここまでの話は机上の空論なのかもしれませんが。
でも、認めた上で、「宿題ができたら、今頃どんな気分だろうね?」「そうされたら○○ちゃんは、どう思うかなぁ?」とその子を信じて向き合えたら、最高だなぁ、って私は思っています☆
あと、「認める」と「信じる」は親戚関係ですね〜。
信じているから、きちんと認めることができます(^∇^)
この「認める」ことができていれば…
かけっこでビリでもへっちゃら?だし、テストで悪い点でもそこまで落ち込まないのではないかと思います。
だって、まずは、その子がその子であるだけで素晴らしい!のだから、そのくらいで人生が崩れるくらいの大打撃〜!!!とまではいかないのではないでしょうか?
競争を避けさせることやヘンに勝たせてあげることよりも、その子自身の存在を認めることの方が大切な気がしています。
「あなたはあなたでオッケーよ!」って、生徒の存在自体を認めてあげる!
生徒を丸ごと信じる!
そんなコーチを目指して、今年度も爆走(!?)していきたいとおもいます(=^ェ^=)
一人一人の心のインナーマッスルが鍛えられ、自分で自分を認めることができたらいいなぁ!もちろん、私自身も自分を認めてあげたいですね!
誰かを無条件で信じられる人は、自信(=自分を信じる)がみなぎっている人だと思います!
・・こんな長文を読んで下さった方はとっても心が広い方です(^з^)-☆
私の特技はブログを書くこと、文字を書くこと(笑)なので、私の思うことを連ねて参ります( ̄^ ̄)ゞ
2013年度も西野を宜しくお願いします☆
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コメント

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  • コメント (2)
    • でこちゃん
    • 2013年 5月 20日

    すごいねーすごいねー とやたらと褒められて育った知り合いの子が、オレ様状態になってます。ピッチャーをやっても監督やキャッチャーの指示を無視して投げるとか、一番になれないときは脅しや暴力で手に入れるとか。
    褒めるのって大切だと思っていたのですが、その知り合いの褒めか何のがいけないのか分かりませんでした。
    でも、やっとすっきりしました。
    私も、もっともっと子どものありのままを認めようと思います。

    • にしの
    • 2013年 6月 06日

    でこちゃんさん
    こんな長文を読んで下さっただけでなく、コメントまでありがとうございます!!嬉しいです(^^)
    私自身も「褒め」に関しては長い間疑問に思っておりました。
    自分自身もイイ子を演じていたので(笑)、褒められて育てられました。
    でも、昔から何故かどうしても自信が持てなく
    て・・・。
    どうしてだろう?と自分なりに答えを探して、行きついたのがこの長文でございます(笑)
    こうやって誰かと共有できる場所があることを幸せに思います。
    どの子もきっと素晴らしい子だと思うのですが、その子の周りにいる子も同じくらい輝くものを持っていますよね。
    「自分はすばらしい人間だ!そして、周りも自分と同じくらい尊い存在だ!」って自分のことも周りのことも認められたら、本当に幸せな子に育つだろうなーと思います(^^)

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