• 2007.9.9
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運動会の思い出

私は高校3年間の運動会で2・3年と
「応援」のリーダーをやっている。
1年生のときも、本当はやりたかったのだが
心ならずも「仮装班」に所属した。
2年のときの運動会では、種目別競技で
私が知らないところで「二人三脚」
の出場が決まっていた。
(さすがに時代を反映して、プログラム名は
天地真理の曲から「ひとりじゃないの」だった)
だいたいブロックで何かを決める「会議」は
昼休みか放課後行われる。
そういった場には、私は遊びほうけていて
顔を出さないことが多かった。
「二人三脚」と言う種目は、ごく一部の
生徒
(彼女がいて、一緒に出たいやつ)を除いて
自薦がなく、ほぼ他薦の種目である。
もちろん私もこの時期、出場理由がなく、
友人に「個人種目はパスしといて」
と言っておいたのであったが・・・。
それにもまして、8月31日の補習の後、
私を後ろに乗せた友人のバイクは
学校近くの小さな交差点で
警察官(警視庁勤務)の運転する車と衝突し、
ちらばったフロントガラスの上に
もんどりうって左腕から落ちた私は、
出血が止まらず救急車で病院に運ばれ、
左手を9針縫う、全治2週間の怪我を負っていたのである。
仕方がないので、私は9月初めは左腕をつったまま、
痛みを我慢しながら右腕だけで、応援の練習をしていた。
 記事.JPG
 *myアルバムより32年前の地方紙の切り抜き。
  腫れ上がった私の腕を見てT君「山田、痛いか?」
  「痛いに決まっとる」「キズは残るんか?」「多分残るやろう」
  その後に言った彼の一言に、私は笑い転げてしまった。
  「山田、キズは男の勲章よ!」・・・今でもハッキリと覚えている。
  余談ではあるが彼はこれより20数年後、県議会副議長となる。
こんな状態のやつに普通個人種目出さすか?
持つべきものは友・・・持っていたものは悪友だった?
しかし、私はただで転んではいなかった。
とある休み時間、担任の先生と話をしているとき、
どういういきさつだったかは忘れたが、
私のペアが二人三脚で1位になるかどうかで
ある賭けをしたのである。

それは私が1位になったときには、
昼の弁当の時間に、先生が教室の私の机の上に
1週間毎日コーヒー牛乳を持ってくること。
もし、1位になれなかったときは、1週間毎日
私が職員室の担任の机の上へコーヒー牛乳
を持っていくこと。

そして私は1週間して包帯が取れ、
腕を釣ってなくてもよくなると、
相方の子(都合良く応援のリーダーだった)に事情を話し、
はしごくぐり、縄跳び等等、応援の練習の合間に
二人三脚とその障害物の猛練習をしたのであった。
結果はぶっちぎりのトップでテープを切った。
そして翌週の月曜日から、担任の先生は
私との約束を律儀に守り、毎日コーヒー牛乳を
私の机の上まで持って来てくれた。
そしてそれを見るために、他クラスの友人が
私のクラスに弁当を食べに来た。
だから私はこの種目に思い入れがある。
翌年、「二人三脚」がプログラムから
その名を消すかもしれないと言う
事態が起こるのである。以降次回。
  

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