• 2006.7.2
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2才

今日は次男の2歳の誕生日。ちょうど今頃の時間に生まれた。
2年前の塾内報「銀色の道」創刊号でこのことについて書いている。
以下は創刊号の編集後記より抜粋。
 
7月に次男が生まれました。事務長(私の家内です)が定期健診に
行ったと思いきや「お父さん、印鑑もってすぐに来て!」と電話。
病院に着いて先生の話を聞くと、胎児の心音がおかしい、
と言うことで、緊急帝王切開
突然のことにわけも分からず、同意書にサインと押印。
そして1時間後にはもう手術。
 
こういうときはただオロオロするばかり。
そして次にはひたすら「困ったときの神頼み」
待合室で「神様、どうか家内と子供が無事でありますように」
と、本当に真剣にお願いをします。
どっちの方向を向いて言っていいのやら分からないので、
とリあえず手術室の方向を向いて手を合わせます。
その後、いやいやお日様に向かってのほうがいいのかな、
と今度は窓の方向を向いて手を合わせます。
 
無事手術も終わり子供は保育器、事務長は病室に。
とりあえずホッと胸をなでおろしました。
過去のお産は軽くすんでいた事務長が、
今回は見た事が無いような痛がり方。
後産が非常にきつくて・・・子宮を切開してるから仕方が無いのか・・・
定期的にうなりっぱなし。
よって付き添って病室に泊まる事にしました。 
しかし・・・ここでうっかり寝てしまうと
「お父さんは、私が苦しんでいるときに、横でのん気にいびきをかいて寝ていた」
と死ぬまで言われ続けるに違いない、と思うとおちおち眠れません。
眠い目をこすりながら、私は自分の子供たちが生まれてから
今までのことを思い出し、そして考えていました。
 
初めは五体満足であればいい、元気に生まれてくれたらそれでいい。
それだけを願って生まれてきたはずの子。
時が経つにつれて、首が座ってきた、寝返りが出来るようになった。
あやすと笑う、はいはいができるようになった。
子供の成長に嬉しくなってしまいます。
 
そのうち同じ年の近所の子と比べ始め、一喜一憂し始めるのです。
○○ちゃんは×月と×日で歩き始めたけど、うちの子は半月も早いぞ!
△△ちゃんは×月ででしゃべり始めたけど、うちの子の方が少し早いぞ、とか。
まさに親の欲目でしょうか。
幼稚園、小学校と上がるにつれ、比べる子供の対象もどんどん増えます。
そのうちに下の子も生まれ、兄弟でも比べてしまうのです。 
お兄ちゃんはできるのに、なんで□□ちゃんはできないの?
そして子供に対してそれを言ってしまう・・・。
そのたびに子供を傷つけていたのです。
 
親が比べるのは勝手です。
しかし比べられる子供はたまったもんではありません。
同じ遺伝子、素質を持った子供ならば比べてもいいかもしれません。
しかし、生まれ持った素質が違う子供を比べて、
親の不満を言って良いことは何もありません。
 
言われる子供は「どうしてそういう事を言うの?僕は△△とは違う」
と必ず思っているはずです。
比べていいのはその子の過去だけです。
子供が昨日と比べてどうなのか、先週と比べてどうなのか
先月と比べてどうなのか、去年と比べてどうなのか。
少しでも進歩があればいいじゃありませんか。
それを素直に認めてあげましょう。褒めてあげましょう。
よその子は、よその子。うちの子はうちの子。
そして、この子はこの子。
 
大人がしなければいけないことは、子供を比べることではなく、
その子が持って生まれた能力を、どれだけ開花させられるか、
どれだけ引き出すことが出来るか。
大人はそれだけを考えて、そしてその環境づくりに精を出さねば
ならないと思います。
 
 
2歳になったうちの次男、育真館では大の人気者。                                   くらいむ倶楽部で勉強に来ている、中3の男子生徒に                                                        大好きなチョコレートとグミキャンディーをプレゼントされた。
生まれたときの泣き声は、兄弟で一番なさけなかったのが、
今では一番の暴れん坊。
TVで野球を見ると「カッキーン」と言ってはバットを振り回す。
グラブを持って、キャッチボールをせよとねだる。
自分の言う事が聞いてもらえないと、大の字になって泣き喚く。
我が夫婦の間では「寝れば天使、起きれば悪魔」と呼ばれている。
 
しかし・・・私たちの子供に生まれてきてくれて・・・ありがとう。
 

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